ソーシャルメディアで人が育つ!be love companyやんこの日記
ありさのこと
2010年03月08日
今週はありさの3回忌。
同じうさぎ年のM時代の先輩は、美人で頭がよくて、美味しいものが大好きで。
私が悩んだりしていても、一呼吸をいて、
「いいんじゃない、それで、ともみちゃんは。」
と私の欲しい言葉をくれました。
私が関西にくる、少し前、ありさもたまたま転勤になって、
私たちは西宮のご近所になりました。
友達もいない、不安な土地で、どれだけ心強かったか。
そのすぐの年末の頃。
「お願いがあるので今からおうちに行っていい?」
と。そこで病気のことを聞きました。
お願いとは、東京に治療に行く間、部屋の換気をしてほしい、
ポストの郵便物を取ってほしい、
「Domaniの年間購読はともみちゃんにあげるから」
そんな簡単なことでした。
彼女の治療が始まったのと同時頃にRの仕事が忙しくなり、
あまり、ちゃんと会う機会が減ったけど、
一度だけ「怖い」と電話がありました。
たぶん、不安感でたまらなく電話をくれたのでしょう。
でも、その時私はなんて話したか、今では覚えてません。
そんなこんなで、ありさは東京に戻ることになり、
私は、東京に帰ると会う、といった感じで。
約3年がちました。
ありさの妹さんが大久保に嫁がれていて、姪っ子に会いに神戸に来ました。
ランチをしにシーガシーガへ。
12月23日。
クリスマスディナーでにぎわっている店内。
ありさはほとんど食べれませんでした。
でも、9月には一緒に屋久島に行ったし、縄文杉も見たし、もう3年も元気だし。
もしかしたら病気は治ったんじゃない?
と食欲のないありさに向かっていったくらい。
お気楽なもんでした、私は。
そして、明けた3月。
危篤かも・・・という知らせで、いてもたってもいられなくなり、東京へ。
起きられる体力はもうないのに、細くやせ細った体を起こして、迎えてくれました。
わざわざ関西から戻ってきた、というのを隠すのに
「会議があって」と嘘をつきましたが、たぶんバレていた。
でも、最後まで凛としていた姿は、今でも目に焼き付いています。
その月は酷かった。
自分も動揺していて、月2回の東京、お葬式後も仕事と遊びと。
今思うと「考えないように」とにかく何かをしていました。
何かもっとできなかったかな、と後悔していたんです。
お葬式の時、親友が「弔辞」を読んだとき、
彼女がどれだけ、不安で怖くて、辛かったかを知って。
考えればわかることなのに。
私はありさに会えば、楽しくて自分のことしか話さなかったかもしれない、
ありさはもっと私に聞いてほしかったのかなぁ。などと。
そんなことを想う3月。
まるでまとまりがなく、ちょっとディープでごめんなさい。
今この30分間、ありさのことだけ考えれて、思い出に浸れてよかった。
Posted by ソーシャルメディアで人が育つ!be love companyやんこの日記
ステキなありささんなら やんこの いまのお話し 微笑みながら きいてはるでしょうよ。